43話)




「武雄兄さんと会うんだと思った。さすがの兄さんも落ちたものだと思ったね。
 証拠をつきつめてやる。と思った。
 始めはそんな意味で付けたカメラだったんだ。
 ・・・・だけど、待てど暮らせど、武雄兄さんどころか、誰も来ないんだよね。」
 歩は呟きならが、チラリと茉莉を見てくる。
 かつて“茉莉”に向けていた瞳だ。
 冷たく、凍りついた視線。
「あの・・それは・・。」
 “こっこ遊び”をしていたからなのだ。
 借りてしまった部屋の家賃が、偶然独身の女性が暮らすには高すぎたために、無理から考えだした設定だったのだと、言葉に出ない。
 口を開けて、パクパクしだす茉莉に、歩はフッと笑みを浮かべて、
「・・・俺もだいぶ焼きが回ってきているよ。
 始めは証拠集めのつもりで撮らせていたビデオだったが、見ているうちに変な気分になってきたんだ。
 マンションで汗だくになって、掃除している君は別人のようだった。
 おまけに自炊してたろ?
 河田の家では、まるで菜箸なんて使った事ございません。みたいな顔をしながら、野菜炒めやら、カレーなんて作って、おいしそうに一人で頬張って・・・。
 昼寝もしてたよね。
 一人で眠るには、広すぎるベットで・・。
 どうなっているんだ。って頭を抱えた俺の気持ち。
 分かってくれるかい。
 一方で、ハイチェストの上には、誰かと撮ったらしい写真が納まっていて、相手は誰なんだ?と謎だらけだった。
 他人に調べさせていたから、君の事を。
 中に入ったことなかったし、カメラの映像からは、何となく二人の写真が映っているしか見えなかったからね。
 まさか、あの写真が犬の写真だなんて思わなかった。」
 言いながらクスクス笑いだす。
「あの・・歩さん・。」
「何?」
「こっこ遊びだったの。」
 やっと言葉にできた。けれども歩には、茉莉が口にした言葉の意味が一瞬わからなかったらしい。
「え?」
 と目を見開き、首を傾げる歩に、
「河田の家での暮らしが辛かったから・・歩さんはとても冷たかったし、女の人をとっかえひっかえしていたから・・。」
「それでマンションを借りたのかい?」
 びっくり仰天。
 目をまん丸に見開いて、問いかける彼に、コクンとうなずく。
「好きな人が、違う女を抱いて傷付かない訳ないじゃない。」
「そんな・・・。」
「真理は茉莉なのよ。あなたを愛して・・。」
 最後まで言えなかった。
 突然、歩が茉莉を抱き寄せたからなのだ。
 滅茶苦茶強い力で抱きしめられて、とっさに息が出来ないほど。
「・・・!」
 バタバタもがいて意思表示すると、やっと彼の腕の力が少しだけ弱まった。
「謝らないよ!
 俺を翻弄させて、こんなにまで惑わせた君に謝ってやるものか。
 俺も愛してるよ。ずっと前から、君が一番だったんだ。
 俺のひまわり・・。共に一緒に生きて。」
「ええ、側にいるわ。だから茉莉も愛して。」
 彼にしがみついて問いかけてゆくと、
「何もかも好きだよ。あーあ、どうしよう。
 愛おしすぎて、茉莉のすべてを食べちゃいたくなるくらいだ。
 やっぱり俺、おかしい男だ。」
 ガックリ肩を落とした歩の耳元に、茉莉はつぶやいた。
「謝って。あの時の事を。」
 ポツリと言うと、ピクリと体を震わせる。ちょっとの沈黙の後、
「・・・イヤだ。」
 の言葉に、茉莉はカッとなって歩の体から離れてゆく。
「謝ってよ。」
「謝らない。違う女抱いても、全然満たされなかったんだ。
 始めに拒んだ君が悪いんだ。」
「だからそれは、寝ぼけてたって言ってるじゃない。そもそも、家に戻ってくるの、遅すぎるあなたが悪いんじゃない。
 夜中の一時まで待ったのよ。
 歩さんの方こそ、私が相手で不満に思っているのかも知れない。って思ったりしたくらいだったわ。」
「どこで、そんな発想が出てくるんだ。
 ずっと君に言ってきたろ?
 俺と一緒になってくれって。君の事好きだって。
 ツンとすまして『二男ではダメよ』なんて言いきったのは、どこの誰なんだ。
 苦労して河田の次期当主に納まって、初めての夜に緊張しないわけがないだろ?
 勇気を振り絞って部屋に入ってみれば『ヤメて。』だ。」
「寝ぼけてたから仕方ないじゃない。」
「なにが寝ぼけてただ。起きて待っていろよ。」
「一時が限界だもの。お肌に悪いわ。」
「肌に悪い!」
 心底呆れかえったように怒鳴り返して、クローゼットをパタンと閉じると、荒い息をして茉莉をにらみつけてくる。
 とんでもなく剣呑な雰囲気が二人の間に流れて・・。
「ちょっと外の空気吸ってくる。」
 ふいに歩は言うと、茉莉を残して部屋を出て行ってしまうのである。
 仕事を放り出したまま・・・。
 ポツンと残された茉莉は、
「・・・何なのよ!」
 眉をひそめてブツクサ呟く。せっかくのいい気分が台無しだ。
 歩の書斎の中で立ち尽くし、さっきの会話をリフレインさせていると・・。
 肩の力が抜ける。
「私・・何言ってたんだろう・・・。」
 肝心な所で素直になれない自分って・・。
 スゴスゴと部屋を出てゆき、二階に下りて、寝室に向かうと先客がいた。
 歩だった。彼はベビーベットを覗きこんでいて、茉莉の姿を認めると、
「こいつ、俺を見ると笑うんだ。」
 さっきの怒りはどこへやら。
 榛(しん)に癒されたようだった。
 ニッコリ笑ってつぶやいてくる歩に、茉莉もニッコリ笑って、
「榛は起きているの?」
 聞き返す。歩は頷いて、
「ああ、俺が部屋に入ってきた時には起きてたよ。」
「本当?」
 答えて茉莉もベビーベットを見降ろしてゆく。
 歩が言った通り、榛は起きていた。
 つぶらな瞳には、すべての映像がまだ鮮明に映らない筈だった。
 それでも茉莉の姿を認めて、顔をこちらに向けてくる。
 穏やかな様子だった。
 軽くあくびをする榛を見ながら、自分の心が、みるみる満たされてゆく不思議な感覚にボウとなっていると、ふいに頬を触られた。
 ハッとなって顔をあげる茉莉に、歩が近づいてきて・・・。
 そっとキスを落とされた。
「ひと仕事してくる。」
 耳元でささやいて歩はつぶやき、そのまま彼は部屋を出て言ってしまうのである。
「・・・・・。」
(子供の前でしょ。何をするのよ!)
 いきなりキスされて、動揺してドキドキ高鳴る胸を押さえて、心の中で叫ぶ茉莉なのだった。
「ふぎゃあー!」
 突然あがった榛の泣き声にハッとなって見下ろすと、彼は顔を真っ赤にさせて全身で怒っていた。
「どうしたの?おしっこしたの?ウンチ?」
 問いかけながら、慌てておむつの具合を確かめる茉莉は“ママ”の顔になっているのだった。
                                 〜〜Fin〜〜




Mar’ys Story・・・ちょっと一言。


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